落書帳みたいに、思ったことをつらつらと。
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決意
心にあること。

自分の大事なひと、友達、両親、仲間とのとき
自分の好きな音楽、映画、本

あらゆる幸せ
いま確かに生きてるんだ、と思える瞬間

私はその気持ちを忘れたくないから
育てていきたいと思うから

今の自分自身をスクリーンに映し出してみよう

目をそらしたいこと、心が痛むこともあるだろうが
それすら味方に変えるんだ
指針となって教え諭してくれると信じて

自分の「好き」を守っていきたいから
みんなと笑っていたいから


きのうのおはなし。

きのうバイト先のまねーじゃーとすこし話す機会があったんです。
MGRとはいえ、私のバイト先は外資系の会社なので
フランクに仕事をはじめiPhoneやら趣味のお話もできる方で。
色々と仕事の悩みからコミュニケーション力の長所&課題や
来年度の目標までこの一年をふりかえる機会が
会社から与えられるんですよ、毎年。
さくっと言っちゃえばパフォーマンスの評価査定なんですが、
「この一年○○は心がけてできてたから、来年の目標はどう?」
とか一緒にアレコレやり取りできるので、
自分を見つめ直す良い機会になりました。気付けばもう3回目。
それでがっつりとお話させてもらったわけです。

いわく私の強みは
「○○(私の名前)ならやってもらえるだろう」という仕事を任せられる責任感
があることだそうで。
いやーもったいなきお言葉ですね、恐縮です(汗)
でもそれを実行できている分、責任感からくるストレスとか大変さに
気付いてもらえなかったりするんやろうなって印象が私にあるみたいです。

てかね。
私、研究室ではいっっっっっこもこんなこと思われてないですよ、おそらく。
やっぱり団体において人事理念とか関係性って大事やなって思います。
それを皆が共有することってほんまに大事。
研究室で共通することって担当教員だけやと思います・・・。
バイトの方が全然楽しいですもんww

この会社にいて良かったなぁって思うことがたくさんあるなぁ。

ひとつは気持ちいい関係性をもつ職場にめぐり会えたこと。
これは社風によるものだと思いますね。
頻繁に会社の現状や方向性を共有するMTGが設けられるんですよ。
「実現目標のためのアクションプランは〜」みたいな
小むずかしい抽象的な言葉がたくさん出てきて、
正直パルプンテなときも確かにある。
理想と現実のギャップに苛立つこともある。
でも大事なのはアルバイト、社員へだてず全てのスタッフが出席すること、
数か月おきにそうやって見つめ直し続けること。
理解度は人それぞれかもしれないけど、
それでも続けること。あきらめないこと。
そして今回のように、正当に評価してくれる人がいること。
これが一番大事なんだろうなって思う。

皆がどんなふうに評価されてるか(そしてそれが正当か)分からないけど、
私は今回の評価が一番うれしかったんですよ。
それは前までがダメだったからとか、そういうんじゃなくて
今のマネージャーがちゃんと見てくれてることが伝わったし、
それを素直に受け入れるだけの自分になれたから。
マネージャー以外のメンバーからどう思われてるか気になったけど、
彼らの代表の意見だということにしました、勝手に←
(私もいろいろと言いましたからね・・・他のスタッフのこれからの課題とか)
お給料に関わることだし、美辞麗句並べても仕方ないしね←結局気にする

話は少しもどりますが、研究室、たのしくないですよ。うん。
M1なんだから、雰囲気の良さとかを作るのは私達なんだとは思う。
もっと上手いこと導く方法はあるとは思うけど出来ていないのは、
ひとえに自分の未熟さからなんでしょうなぁ。
申し訳ないです。ほんとに。
そして基本的にうちの研究室は個人プレーがメインだから、煮詰まるよね。
ゼミでの議論はまぁまぁある方だと思うけど、普段はそれほどじゃないし。
バイトが楽しくなる一方ですww
まぁ逃げてるだけかもしれないけどね。逃げじゃない、適性だ(ドーン)
パーフェクトな人間なんていないもの!←

現状を変えられる力がほしいなぁ。
ってこんな話するつもりじゃなかったんだけどもw
就職活動で何を大切にしたいかが少しわかったっていうお話でした☆

それではまたーノシ

もう秋だね
 このブログが誰の目に留まっているのか
もはや分からないけれど、書きます

近況としては夏休みが終わり、1日に23才になりました。
拍手が聞こえますね、ありがとうございます。

もう23才なんですね。いい大人です。
いつまでも子供じゃいられない、モラトリアムはもうすぐ終わるのだ
と感じているこの頃であります。

なんだかね、この研究室にいても
心が晴れることはないんだけど
逃げないでここに居続けようと思います。
ここしか居場所はないので。
腹くくります、私。

最近思うのは、「誰かのために働きたい」ということ。
「自分のために」と最初から考えるだけでは、もうしんどいんです。
「誰かのために」やっていたことが結果的に自分に返ってくるといいな、と思うんです。
そうでないと、やりきれない。
だから何をするんだ、と言われると言葉に詰まるんだけどさww

とりあえず、きょうはこんな感じにしておきましょうかね。

あ、あと。
コメントが業者からのものが多いので、近々ブログを移転しようかな、なんて考えています。
とりいそぎ報告だけ。

それでは ノシ
esora
エソラ/Mr.Children

天気予報によれば 夕方からの
降水確率は上がっている
でも雨に濡れぬ場所を探すより
星空を信じ出かけよう

http://www.youtube.com/watch?v=VicN7Wuugfs

いいね、ここの歌詞好き。
童話みたいでキラキラしてて。

信じることって何でこんなにむずかしいんだろうね。
すぐに見失ってしまう。
人間なんてって思うことが増えたけど
素晴らしいことだって沢山あるのにね。

必要なこと
たぶん私は意外なほどに「人間」を必要としてるんだと思う。

ひとりで映画や旅行に行くのも好きだったりして、
私はひとりでも楽しいことはたくさんあるって思ってた。

もちろん友達とご飯食べたりすることは大好きだし、
そのときは楽しいなーって純粋に思う。

一方で、基本的にはめんどくさがりだから、
楽しいことが見つかると、自分ひとりでも行きたくなる。
あとから誰かに報告したりするんだけどね。
鑑賞するようなタイプは自分のペースを大事にしたくなる。
好みがわかれるからさ、ああゆうのって。

でもね、そんなに自分は強くなかったんだ。
内にこもりそうなときほど、誰かに電話したくなって。
普段そんなに電話しない友達とかね。
そんなもんなのかな、人間って。
ほんと都合いいな、勝手だなって思うんだけど。

自分がゆらぎそうな時ほど
支えてくれてるヒトが大事だよなーって感じます。
日々感謝ですな、ほんと。
「いてくれてありがとう」ってほんと大きいよね。
最近すごいそう思う。
いろんな人が私を心配して、気にかけてくれてて。
その気持ちだけですごい助けられました。

もっと「人とのつながり」を大事にしなきゃいけないですね。
今の状況が落ち着いたら、いろんな人に会いに行きたいな。
「ありがとう」の気持ちをいっぱい込めて。
泣いても笑っても

これが、「私」なのであって

1日やそこらで急に良くなったりしない。

きのうまでの「私」がそこにいるだけだ。

もうしょうがないよね、こうなったら。

自分なりにケリをつけて、次へ進みます。


それ以上出来なかったんだもん。

二の足踏みつづけて今にいたるのさ。

もはや開き直りました。悟りました。

あきらめたんじゃない。

それを受け入れた上で頑張るだけ。


確かに周りの評価とか気になるけど

「しゃーないしゃーない」って笑ってくれると思うから

次に期待してくれるなら

何にかえても頑張れるよ。


青春スーツ

突然だが、私は「万年青春ヤロー」であるらしい。
かれこれ10年来の友人が私に放った言葉である。
みとめる他ないね、あはは!

タイトルは漫画「ハチミツとクローバー」でたびたび出るもので、
情けなさ 、思いきりの悪さ、思いこみ まちがった自信などを
背負い込んだ、青春真っ盛りの人間のことを指す。
20才をすぎて大人と言われる人間に使うものだ。

それがまさしく、「私」そのものだそうで。
大学入った4年間で何も変わってないんだとさ。
自分が「青春」という言葉からはほど遠いと思ってたけど、
精神的には十分そうみたいです、えぇ。
お恥ずかしいことですがね。

なんだか最近、自分の未熟さばっかり目につきますよ。
私ね、社交辞令が出来ないんです。
ヘタなんです、そういうことが。
顔に全部出てるらしくって、嫌々やってるなってところが。
それがイイか悪いかは別として。
もう少し何かしら成長しましょうよってことです。
同年代はわかんないけど、人生の先輩方からしてみれば、
自分の考えてることなんか、垂れ流しなんでしょうな。
それもなんだかね・・・笑
だから年上だったりする方が
人間として付き合いやすかったりするんだろうなって思います。
圧倒的に自分がたち打ちできない=見栄をはってもしかたない
ってわかりやすく感じますから。

等身大の自分をいつでも認められるようになりたいんですよ。
結局、それが自分なんですから。

以上でも、以下でもない。
誰と比べるわけでもない自分がいる。
そういうフラットなみかたが出来る自分でいたいです。

とりあえずやることやります。
春はすぐそこ。

たしかな想イ
いまたしかに想うこと。想ったこと。

それは

「好きだけど、嫌い。それでも大好き」って思える何かを
見つけたいということ。

「好き」ってことだけに溺れないように。
ちゃんとダメなところを見つめて、
それでも素晴らしいって思えるようなことをね、見つけたいって思うんだ。

だから、ちゃんとした信頼できる着眼点がほしい。

いいところも わるいところも
それ以上でも 以下でもない

ちゃんと見つめられる自分でありたいと強く願う。

いやーこう言うとね、すっごい冷めた人間みたいなんだけど。
時にはがむしゃらに溺れることも必要だと思うよ。
譲れないものは通せばいいし、
一生懸命な人ってやっぱり良いなって思うし。
ここでいう「溺れる」っていうのは執着すること。
こだわりすぎること。
それが怖いの。
直感みたいなものだってあるとは思う。
その直感すら信じられるような自分っていうのは
きのうまでの自分がものを言うんだろうしね。

というのも。
おいらは生来、良いようにも悪いようにも溺れがちだと思う。

いいもんは全部正しい
悪いもんは全部間違ってる

こういう思考になりがちなんだよね。
だから、自分には一歩ひいた視点を身につけることが
今の目標。
めもま
 めもま。

平仮名やったらなんのこっちゃやね。
イミフーね。

”メモ魔”
やっぱり平仮名だけやったら足りんからカタカナもあるし、
漢字から平仮名だけに淘汰されることもなかったのだと実感。

そう、”メモ魔”に為りたひのです。
10年、20年、30年後の自分のために残していかないといけない時期
にさしかかってるのかなと思うんです。

さっきね、いろんなヒトのblogを読んでてこんな言葉があった。

「自分の年齢を3で割ってみなさい。
人生を1日にたとえると、あなたはその時間にいる」

へぇ〜妙になっとくしました。
ヒトの一生が80才だとすると、3で割ると26くらい。
つまり26時にいることになる。
するとちょっと矛盾するんじゃないかとも思う。
でも、もうそのくらいになると、皆がねむってる時間に夜更かししてるような
自分のためだけの時間に使ってもいい頃あいなんかなぁとも思わされた。

だけど1日でもヒトによっていろんな日があるから、
いろんなあり方があっていいんだと思う。
時間のかけ方にもいろいろある。

朝の3時から家を出るヒトもいれば
夜22時が一番忙しいヒトだっている。
いつ一服するか、いつ眠るかだって、生活スタイルでまったくちがうだろう。

実のところ、ワタシは22才。
つまり朝の7時20分すぎってことになるね。
だいたいのヒトが朝ごはんを食べて、きょう1日に備えるころ。

1日のはじまりに何をしなくてはならないのか。
人生のプロローグに何をしなくてはならないのか。

そうやって考えたときに、おいらは何かを残そうとか
結果を出そうとかそうやって生きたことはあんまりなかった。

日々を一生懸命生きて、ふと振り返ったときに
曲がりくねった、不恰好な確かな道があればいいんだと思ってる。

でもそれは自分が段取りとかプランニングには全く縁遠いがための
逃げ道をつくってるだけかもしれないなぁと思うこともしばしば。

たとえば、プランが先立っていればto doリストにそって
進めていけば前進できることが予定されているなら、
多少のハプニングがあったとしても、少しずつ軌道修正をして
小さな目標、中くらいの目標、大きな目標というように
段階別の大きな流れに対しても対応していくことも可能だろう。

しかし主だったプランがない場合。
これはもう広い海に投げ出されたバナナボート並みに心細い。
自分の行く末はわからず、荒波にもまれ、食料は尽き、
舵とりなんてままなることがあるはずもない。
そんな中でもなんとか北極星をさがし、コンパスで方角を知り、
地図なんてないから自分で書いてみる。
あ、これワタシの状況っすね。ははは!

そうなのよ。
おいらには人生計画も航海術もなにもないわけで、
朝ごはん食べずに家を出ようとしてるわけなんです、ハイ。
それはまずいだろうと。昼まで持たないぞと。
だからなんとか情報収集をして、残しておく。
それが消化されて栄養になるのかわかりませんが、
おいらは”メモ魔”となっていくことを誓う次第です。

きょうは以上!
通過点
夏が終わりますね、まつだです。


やっとのところで自由を手に入れたワタシでして、
きょうは久々にバイト先によってみました。
シフト確認したりなんやかんやで。
休憩中のみなさまがかまってくれたので、
楽しくおしゃべりすることができたわけです。

そんな中でも、ここ2週間顔を出さないあいだに
去ることが決まったひとがいたり、もう去ってしまったひとがいたり。
刻々とジョーキョーは変化していました。

そういうことはどんな季節をもってしても
切ないものだけれど 悲しくはないです。

当たり前のように会うことはなくなるけど
ほんとにそのひととの関係をちゃんと築けてたなら
きっとまた めぐり合える
そして「会える」と想うから

そう思えるのは 今までに苦い関係のまま終わったような関係性が
あまりない、あるいは笑ってゆるせるものに昇華したからなんでしょう
まぁ そういうことを意識的に無視してるだけかもしれないけど。。笑
これからもそうとは限らないわけで、いろんなことがあるんでしょうね。

話はだいぶそれました。

そしてちょうど仕事終わりのかたと4時くらいから1パイやりまして・・はは
彼女はお互いしょっちゅう会うことはないけど
会えば楽しい話題から人生のことまで、いろんな話のできる
心から信頼できる友達なのです。
彼女には中学生の娘はんもいるし、世代でいえばまったくちがう。
でも、ほんまにふつーの付き合いのできる貴重なかた。
受験生な娘はんの家庭教師になるかもしれない、っていう縁もあります。笑

そのかたとさっきみたいな話になったんですよ。

5年後もこうして笑ってるのかもしれないし、娘はんとワタシが仲良くなって
「お母さん、いま○○にはまってて大変だよー」って話をしてるかもしれない
もしくは全然会ったりしてないかもしれないけど
どんなに時間が空いたとしても、同じ雰囲気で会えるんだろうね。
きょうだって久しぶりだもんね。


なんかそういう会話の流れでいろいろ思ったんです。
ワタシにはそう思えるひとが今までもいくらかいて
大学とかサークルとかバイト先とか環境を手にいれるたびに
うれしいことに またいくらか増えた
正直いって、ここ神戸はフホンイにも来た場所ではあるけど
それでもちゃんとした関係を積み上げることができたし
ここに来れば誰かに会えるホームになってたんだなぁ
そう想ったんです。

その友達もワタシも(話の限りでは娘はんも)
器用にこなせるほうではないと思うし
どこに行ったって苦労はついてまわるんだから
どうせなら楽しくやってければいいねーっていうとこで落ち着きました。笑

ほんと、楽しくいければいいなぁ。